今日は、私の神戸の実家も全壊評価を受ける被害に遭った、阪神・淡路大震災から25年目です。

私の神戸の実家も全壊評価を受けるほどの被害を受けた阪神・淡路大震災から25年目の1月17日の朝を迎えました。25年前のあの日のことは、今もリアルに思い出されます。京田辺の自宅で寝ていた私は、午前5時46分に大きな揺れを感じて目を覚まし、テレビをつけると、神戸が震源地だというニュースに驚き、あわてて神戸の実家に電話しました。一瞬、電話がつながり、電話口で、今は亡き母の叫び声が聞こえたので、「ああ、良かった」と思ったとたん、電話が途絶えました。その後は、連絡が取れませんでしたが、夜になってようやく、近所の小学校に避難していた両親と連絡が取れました。すぐにも神戸にかけつけたかったのですが、交通が遮断されていたこともあって、数日後に避難している両親のもとにかけつけた時の母の「大阪の空襲よりもひどかった」とポツリともらした言葉が、今も忘れられません。

今朝は、京都市内の全域で全バス停宣伝にとりくむということで、私は、西賀茂車庫前で、西賀茂・大宮後援会のみなさんと早朝宣伝に参加しました。なかには、すでに他のバス停で受け取ったビラを見せていく人もいました。

現在開催中の日本共産党第28回大会の成功へ、我が北地区委員会が貢献しています。山下副委員長の第二決議案についての中央委員会報告で、「支部と党員のもつ力を引き出す要―党機関の活動をいかに発展させるか」という課題の強調点の第一、「リスペクトの姿勢を大切に、チームワークの力を発揮すること」の経験として、北地区委員会の機関活動について、けっこうくわしく紹介されています。また、3日目の討論で、北地区委員の吉田耕太代議員が、「若い世代を職場支部に迎える経験のなかで大切にしてきたこと」と題して、発言したそうです。たいへん嬉しいことです。確信と誇りを持って、京都市長選挙勝利に全力を尽くす決意を新たにしました。

ハマちゃんカーを動かせるのは、今日・明日の2日間だけなので、午後はハマちゃんカーで2ラウンドまわり、10箇所で街頭演説を行いました。あちこちで応援隊と出会い、千本北大路では、ハンドマイク宣伝の声を宣伝カーが拾うというハプニングがありました。